彼は僕の助手であり、現在は故人です。
陶器のような白い肌をしていて、その瞳は空のような青色です。
黒い髪にはいつも寝癖があり、白衣を着崩している事も多かった。
しかし、それでも誠実で真面目な助手でした。
僕がとある要注意団体に属していた時、一つの任務を与えられました。
それは『蠱惑の園』というカルト教団の本拠地への侵攻です。
当該の教団は姦淫に穢れており、その教義はただ刹那的な快楽を肯定するだけのものです。
幸いな事に、僕を除いた全ての人員は首尾よく任務を完遂しました。
人員が撤退していく最中、僕は少年のすすり泣く声を聞きました。
彼は何らかのシンボルが刻まれた石盤に鎖で縛り付けられていました。
仰向けで固定され、天井で蠢く奇怪な紋様を強制的に視認させられている。
その文様は、見ている人間の記憶に深く作用する『何か』でした。
少年の鎖を解いてやると、半ば剥ぎ取られた布服には血が滲んでいました。
長期間に渡って████が行われた痕跡があり、その目は虚ろに濁っていました。
肉体と精神の両方に大きなダメージを受けており、口からはただ呻き声が漏れていました。
任務の対価を受け取ってから、彼を研究所に連れ帰りました。
三日ほどして、ようやく彼は自発的に話すまでに回復しました。
非異常性の治療を年単位で続けた結果、彼は徐々に微笑みを見せるようになりました。
やがて彼は、自らの肉体にある『性』に関する部分を外科的に除去する処置を受けました。
苦痛に満ちた過去の記憶との決別を図っていたようです。
僕は彼を『テオ』と呼ぶようになり、彼は僕を『█さん』と呼んでいました。
しかし、どれだけ親しくなっても。
彼の中にある『死』の気配を消し去る事は出来ませんでした。
ある日の出来事です。
僕は、広範囲に作用する記憶処理装置のプロトタイプを有していました。
機密として指定し、秘匿していた筈のそれは何者かによって解放されました。
周囲の人間は、装置を使用した人間の存在を完全に忘却してしまいます。
それを使用したのは間違いなくテオドール・パブロでした。
瞬時に記憶補強剤を服用し、急いで彼を探しました。
彼は研究所のベンチに腰掛け、幸せそうな表情で空を見ているようでした。
手にはペントバルビタールの薬瓶があり、中身は既に消費されていました。
それは積極的安楽死に用いられるものです。
彼は夢見心地の表情のまま、こちらを向いて微笑みました。
『一緒に研究をしたこと……すごく幸せでしたよ。今までありがとうございました』
その時に理解しました。
彼は過去から――あまりにも辛い記憶から、逃れる事が出来なかったのだと。
それから先の記憶はあまりにも混沌としていて、この場所に書き留める事は不可能です。
僕は定期的に記憶補強剤を摂取し、研究所のベンチに腰掛けて空を見上げます。
記憶処理剤のサンプルをどれだけ摂取しようとも、彼を忘れたくはなかった。
彼の瞳の色合いは、晴れ渡る空のように鮮やかなものでした。
今でも彼は僕の夢に現れるので、真の意味での別れはまだ先になるでしょう。
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